胸郭出口症候群は、それまで別の疾患として取り扱われていた頚肋症候群・斜角筋症候群・肋鎖症候群・過外転(小胸筋)症候群を同じ病因に由来する一つの疾患として総括すべく提唱されました。
現在は、腕神経叢が胸郭出口において圧迫・牽引などの機械的刺激を受けることにより神経過敏状態となり、頚部・肩背部・上肢に痛みや感覚異常・脱力などを引き起こす疾患群と考えられています。
特徴的な症状は、上肢の痛みやしびれ・だるさ・冷感・肩や肩甲骨周囲のこりと痛みで、病態により上肢の挙上時もしくは下方への牽引時に症状の誘発増悪が認められます。
一方で、上肢の症状がなく、肩こりや背中の痛みのみの場合もあります。これといった原因が見つからず、治療効果が思わしくない肩こりの原因の一つに胸郭出口症候群があげられます。
罹病期間が長期化すると、頭痛・眩暈・吐き気・不眠・全身倦怠感・胃腸障害・発汗異常などのいわゆる自律神経障害を伴うことが報告されています。
また、先天的要因の影響が大きいと考えられています。
胸郭出口部とは、腕神経叢と鎖骨下動静脈が上肢へ向かう途中で通過する生理的狭窄部位のことで、斜角筋三角部・肋鎖間隙・小胸筋下間隙の3カ所に分けられます。
体格による個人差も大きいことが知られています。
絞扼(しめつけられる)部位による分類
1. 頸肋症候群
第7頸椎横突起が延びて肋骨化した先天性奇形。頻度はほとんどないといわれます。
本症候群は鎖骨下動静脈を圧迫しないので冷えは出現しません。
2. 斜角筋症候群
斜角筋裂隙(前斜角筋、中斜角筋、第1肋骨で囲まれた部位)を腕神経叢と鎖骨下動静脈が走行しています。
前斜角筋緊張のため、これらの神経と動静脈が絞扼された状態です。
手の薬指、小指にしびれや痛みがおき、握力も弱くなります。
なで肩の女性に多く見られ、長く肩を下げていると症状が悪化します。
3. 肋鎖症候群
鎖骨と第1肋骨の間隙が狭まって、鎖骨下動脈や腕神経叢が圧迫された時、指先に軽いしびれと血行不良をおこします。
疲労、姿勢などの変化で肩が下がるとおこりやすいようです。
4. 過外転症候群(小胸筋症候群)
つり革につかまるような体勢をとると腕がしびれます。
小胸筋と肋骨間の間隙を腕神経叢と鎖骨下動静脈が走り、上肢へと向かっています。
上腕外転時に、小胸筋の烏口突起(うこうとっき)停止部で、腕神経叢と鎖骨下動静脈が絞扼された状態です。
発症要因には、解剖学的異常を伴う先天性要因と後天性要因があり、複数の要因が重なることで発症のリスクが高まります。
後天性要因には、猫背やなで肩体型といった姿勢や体型の変化・趣味や職業といった生活環境因子・交通事故による外傷などが知られています。
また胸郭出口症候群は、vdt作業者(パソコンワーク等で、長時間同じ姿勢を続けたり拘束的な作業をする人)などで不良姿勢のまま上肢を酷使する業種に多く発症することが近年注目されています。
胸郭出口症候群(tos)は、血管因性tosと神経因性tosの大きく二つに分類されていますが、90パーセント以上は神経因性tosです。
本症の約75パーセントは、圧迫と牽引の両要素が複合しているとも報告されています。
一般的には、電車の吊革につかまるなどの上肢挙上動作で症状が出現あるいは増悪する場合、腕神経叢に対する圧迫要因が胸郭出口部の何れかの部位に存在すると考えられます。
一方、買い物袋を手に提げるなどの上肢下垂動作で症状が出現あるいは増悪する場合は、胸郭出口部で腕神経叢の遊びがなくなっていることと、腕神経叢が伸張刺激に過敏になっていることが牽引要因になっています。
また、罹病期間の長いケースは自律神経障害を合併する場合が増えるため、自律神経障害に対するアプローチが必要になり、局所に対する鍼灸刺激も軽めに行います。
針灸治療では、絞扼(しめつけられる)部位に対するピンポイント治療ができます。診断により治療点が変化するのですから、正しい診断が必要となります。
胸郭出口症候群所属の頸肋・斜角筋・肋鎖・過外転症候群のどれかという判別です。
しかし、理学テストはルーステスト以外はあまり信用できず、またそれぞれのテストによる腕神経叢への機械的刺激はどれも胸郭出口部全体に及ぶため、脈管テストの結果から胸郭出口部における障害部位を特定するようなことは困難です。
胸郭出口症候群(以下tos)の病態は複雑ですが、圧迫と牽引のどちらの要因が現在の症状により強く影響を与えているかを見きわめることが治療方針を決める上で重要です。
圧迫要因に対しては、胸郭出口部の構成筋である斜角筋などの過緊張改善と、腕神経叢の過敏性抑制を目的として鍼治療を行い、腕神経叢に対する除圧をはかります。
しかし多くの症例は、圧迫と牽引の両方の要素を併せ持っているので、実際には両方の要因に対するアプローチが必要と考えられます。
上肢を外転するルーステスト等の肢位で症状が改善する場合は、圧迫要因はほとんど含まれないと考えられます。
1. 胸郭出口部周囲筋(前中斜角筋・鎖骨下筋・小胸筋)
斜角筋は頚部の回旋補助筋ですが、呼吸補助筋でもあります。触診に際しては、深吸気に伴う斜角筋の緊張を利用します。特にtos患者は、深吸気に伴い斜角筋が強く緊張します。
ツボでいう斜角筋の刺入部位は、側頸部中央部で胸鎖乳突筋と僧帽筋間に圧痛あれば、刺入します。天鼎刺針が代表的です。
※天鼎位置 : 喉頭隆起([こうとうりゅうき]は、俗にのどぼとけとも言い、喉の中間にある甲状軟骨の突起したところ。)の高さの胸鎖乳突筋中に扶突穴をとる。
扶突の後下方1寸で胸鎖乳突筋後縁に天鼎穴をとる。
しかし斜角筋や腕神経 叢を刺激するには、中国式天鼎の位置の方がよい。
中国式では、甲状軟骨と胸鎖関節の中点の高さで、胸鎖乳突筋の後縁から下方1寸とする。
すなわち中国式は教科書と比べ、2寸ほど下になる。
私は、気胸のリスクがある圧痛部位に対しては、円皮鍼を行います。
鎖骨下筋は、肩甲間部と同様に気胸のリスクが高く、通常はその部分に強い圧痛や放散痛がない限りあまり施術しません。
針を第1肋骨と鎖骨の間隙に入れる。
これには気舎を刺入点として缺盆方向に刺入する方法がとられることが多い。
缺盆を刺入点とし気舎方向に刺入するのは、気胸事故の懸念があるので好ましくない。
小胸筋は、大胸筋の下に隠れているため直接触知できませんが、この筋肉の付着部である烏口突起(うこうとっき)内縁は肺から外れているのでここを刺入部位とします。
小胸筋を刺激する目的で、烏口突起の内方1.5p、下方1.5pを刺入点として直刺するとよい(深刺しても気胸の心配がない)。
ツボは東洋医学固有のものと思われがちですが、その部位から筋肉や神経・血管等現代医学的にも応用できます。
2. 頚肩背部の筋肉(僧帽筋・肩甲挙筋・菱形筋・傍脊柱筋その他)
具体的には、こり感や疼痛などの愁訴を訴える部位も治療部委となります。
肩甲間部の菱形筋は、こり感を強く訴える場合が多いのですが、非常に高い気胸のリスクを伴います。
また牽引傾向の強い場合、鍼治療により上肢帯の筋緊張が緩和するとなで肩が強くなり、一時的に症状が増悪する場合があるので、刺激量には注意を要します。
3. 肩甲背神経
上肢症状の他に、肩甲骨の内上角や肩甲骨内縁のこりや痛みを訴える患者は少なくありませんが、それらはc5から分枝した肩甲背神経の中斜角筋部での絞扼(しめつけられる)による肩甲挙筋や菱形筋の症状であることが多いと考えられます。
鍼治療に際しては、c5レベルの中斜角筋に刺入します。
日常生活アドバイス
就寝方法やvdt作業の環境が病態を大きく左右している場合があります。
急性期のtosは激痛でよく眠れない場合がありますが、その場合は背臥位においてバスタオルを折りたたんだものを左右の肩から上腕の下と膝の下に入れ、枕の高さも調節しながら肋鎖間隙を広げるよう姿勢を工夫します。
これといった原因が見つからず、治療効果が思わしくない肩こりの原因の一つに、胸郭出口症候群があげられます。
vdt作業の急増に伴い、tosと考えられる患者は今後ますます増加することが予想されます。
将来的に上肢症状を発症する可能性を潜在的に抱えたまま、頑固な頚肩こりとして鍼灸にかかっているtos予備軍的患者も決して少なくなく、そういった肩こり患者にただ漫然と鍼灸治療を行っても効果は上がりにくいと思われます。
肩こり患者の中にtos予備軍が少なからず潜んでいることを常に念頭に置いて治療を行うことで、先天性要因の影響が少ないタイプのtosは、鍼灸治療によく反応します。
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ルースの3分間挙上負荷テスト : ひじを90度曲げ、腕を90度外側に保持したまま、全指の屈伸を3分間続ける。
1分以内に手指のしびれ,前腕のだるさのため持続ができず、途中で上肢を降ろしてしまうと本症を肯定。
これは肋鎖間隙で腕神経叢が圧迫されることによります。
特にルーステストは、tosの理学テストの中で感度・特異度が最も高く、信頼性が高いテストです。
感度とは、疾患を持つもののうち検査陽性となる割合です。
特異度とは、疾患を持たないもののうち検査陰性となる割合です。
感度と特異度の高い検査ほど信頼性が高いといえます。
理学テスト : tosに関係するものとして
脈管テストは、いろいろな動作で橈骨動脈の拍動が現弱消失し、症状の再現増悪があれば陽性とするテストですが、正常人でも陽性となることもあります。
アドソンテスト,エデンテスト,ライトテスト等多数あります。
神経刺激テストは、脈管系を対象とせず、胸郭出口部における腕神経叢への付加を目的としたテストで、モーレーテスト・ルースの3分間挙上付加テスト・上肢の下方牽引などがあります。
円皮鍼 : 絆創膏に1〜2mm程度の長さの鍼が付いていて、それを最も著明な圧痛部に貼って、2,3日留置します。
子どもだましのように見えるかもしれませんが、持続的な軽い刺激で鎮痛効果があります。
最近は絆創膏にかぶれる人も多いので、痒かったりちかちかしたら剥がすように告げておきます。
烏口突起(うこうとっき) : 肩甲骨の前方に飛び出した烏のくちばしの形をした突起です。
上腕二頭筋短頭、小胸筋等たくさんの筋肉が集まっています。
腕を横に挙げると、鎖骨外端の下方に大胸筋と烏口突起との間とで陥凹部が現れます。ここがツボでいう雲門です。
斜角筋 : 前中後とありますが、大まかには
起始は、中下位の頚椎の横突起
付着は第1肋骨の上面や第2肋骨の外側面
中斜角筋は、前斜角筋と共に頚椎の前方にあり、第一肋骨を引き上げたり、頚椎を前屈、側屈したりします。
参考文献 : 医道の日本2008年5&6月号
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